東京地方裁判所 昭和42年(ワ)1075号 判決
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〔判決理由〕一、事故の発生
請求原因第一項の事実中、甲車と乙車とが接触した点を除きその余はすべて当事者間に争いがなく、甲車と乙車とが接触し、喜一郎が路上に転倒したことは、次の第二節において認定するとおりである。
二、被告竹沢の過失の有無
<証拠>によれば次の事実が認められる<証拠判断略>
(一) 事故現場の状況
本件事故現場は、国電赤羽駅の北方約一粁の地点で、東北線の赤羽鉄橋下から本件道路を志村坂下方面に向かつて約一〇〇米の地点であり、事故現場付近の本件道路は、車道幅員九米、歩道幅員左右とも各2.6米の平坦なアスファルト舗装道路となつている。前記鉄橋のあたりから志村坂下方面に向けて大きくゆるやかなカーブをなしており、現場付近においては前方約四〇米の位置までははつきりと見通し可能である。現場付近の道路の南側には訴外大和運輸株式会社赤羽営業所の荷物発送所があり、その前の歩道に一一一号電柱(現在は桐ケ丘2―11―6と表示が変更されている。)が立つており、北側には訴外岡本方や榎本方等一般家屋が並んでいる。現場付近の最高制限速度は、甲車については時速四〇粁と指定されている。
(二) 事故発生の状況
被告竹沢は甲車(車長5.79米、車幅1.97米、車高2.05米)を時速三五――四〇粁の速度で運転して本件道路を前記鉄橋下から志村坂下方面に向けて進行してきた。甲車の前を被告竹沢の同僚である訴外小野沢一成が運転する貨物自動車(甲車と同車種、以下丙車という。)が走つており、甲車と丙車との間には五―六米の間隔が保たれていた。甲車が前記一一一号電柱まであと約三〇米の地点まで接近したとき、被告竹沢は甲車の左前方一六―一七米の地点を甲車と同方向に乙車が走り、さらにその前方二米あたりを訴外某の運転する自転車が走行しているのを発見した。甲車および丙車は前記鉄橋の下あたりを走行する頃は中央線を越えて走行していたが、事故現場付近に接近した頃には丙車共に中央線内に戻り、中央線にぎりぎりに沿つて走行していた。一方乙車および自転車は車道左側端とその車体中央との間に1―1.5米の間隔をおいて走行していた。
甲車は、そのままの速度、進路を維持しながら乙車の追抜き行為にかかり、甲車の運転席のあたりと乙車とが並進するようになつた途端、何らかの原因で進路を右に変更した乙車の右ハンドルあたりが、甲車の左側の運転席ドアの下部に接触した。このとき被告竹沢は喜一郎が甲車にもたれかかつているような状況をバックミラーで見、危険を感じて急ブレーキの措置をとつたが、喜一郎は乙車もろとも路上に転倒した。そしてうつぶせに路上に倒れている喜一郎の背中を甲車の左後輪が轢過した。
事故発生時、対向車線の交通は閑散であつた。
なお甲車が乙車を追い抜こうとする瞬間、乙車と自転車との間隔がどの程度であつたか、また乙車が甲車に追い抜かれる前に既に自転車の追越し行為にかかつていたか否かについては、これを認定するに足る証拠はない。
(三) 被告竹沢の過失について
右事実によれば、原告ら主張どおりの過失を被告竹沢に認めることはできない。しかしながら原告ら主張の本旨は、要するに被告竹沢の不適切な追抜き行為が本件事故を惹起したというにあると解することもできるから、更に進んで、同人が本件事故発生時において期待されるべき注意義務を尽していたか否かを判断しておく。
先に認定した事実によれば、甲車が乙車を追い抜こうとした際、乙車の進路に未だ変更がなかつたとすれば、甲車の左側面と乙車車体中央との間には1―1.5米の間隔があつたことになり、乙車のハンドルの幅を考慮すると(七〇―八〇糎とみる。)甲車左側面と乙車の右ハンドルの端との間にはわずか0.6―1.15米の間隔しかなかつたことになる。
このような場合に想定される被告竹沢のとるべき行為を列挙してみると、警音器を吹鳴すること、中央線をまたいで十分な間隔をとること、減速すること等が考えられるが、本件においては甲車と同一条件で乙車を追い抜いた丙車が甲車の直前を走行していたのであり、その丙車と同じ様にして乙車を追い抜こうとした被告竹沢に対し、右のような措置をとらなかつたことをもつてただちに過失ありと断ずることはできない。また警音器の吹鳴が逆効果を生ずることも間々あることであるし、対向車線の交通状況によつては中央線をまたぐことなど不可能である場合もあるが、本件にあつては、追い抜いていた時点に対向車があつたか否かは明らかでない。
右の議論は乙車に進路の変更がなかつた場合のことである。もし乙車が既に自転車を追い越そうとする気配が被告竹沢に感得されたとすれば、同人は追い抜きそのものを中止すべきだつたことになるけれども、甲車が乙車を追い抜く際、乙車がどのような状況にあつたかを認定することができないことは前(二)項末尾判示のとおりである。
以上の如く、注意義務判定上の重要な間接事実である対向車の存在とか乙車の動向とかが不明である本件にあつては、事故発生当時被告にいかなる注意義務が要求せられていたかを判断するに足るべき具体的状況を確定することができない。そして、この点の不分明は、被告竹沢に過失すなわち具体的状況に応じての注意義務の懈怠があつたこと、あるいはなかつたことにつき証明責任を負う当事者の不利益に判断するほかない。
三、被告会社の責任
被告会社が甲車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。そこで、問題は、被告会社の主張する免責の抗弁の成否にかかるところ、この場合被告会社としては、甲車運転者である被告竹沢に過失がなかつたことを主張、立証すべきものであるから、前節末段の理由により、この点、被告会社の不利益に判断されることとなり、従がつて、その金の免責要件の判断に及ぶまでもなく、被告会社の免責の抗弁は理由がないことになる。したがつて、被告会社は自賠法三条に基づき、原告らの蒙つた後記損害を賠償する責任がある。
四、被告竹沢の責任
これに反して被告竹沢に対しては、同人に過失があつたことに基づき不法行為責任を追求する原告に、過失に関する証明責任があるこというまでもないので、前記のとおりの理由で、被告竹沢の賠償責任を認めることはできず、原告の請求は失当というほかない。
五、過失相殺
ところで、前記のように事故当時の具体的状況の不分明のため被告竹沢について運転上の過失の有無を断じえないにもかかわらず、被告会社の運行供用者責任に基づく損害賠償額の算定に際しては、被害者喜一郎の過失を認定し斟酌することが許されると解すべきである。けだし、乙車がどの時点で進路を右に変更し始めたかは明らかにすることができず、そのことが甲車運転者である被告竹沢の過失に関する判断を妨げる事情となつているにせよ、乙車がとにかく甲車の進路上へ自車の進路を変更したことは明らかに認められるのであり、この際乙車運転者である喜一郎としては後方車両への注意を欠いたと言わざるを得ず、そしてそのことが本件事故の主因となつたことは争いえないからである。この点と、前第二節において認定した諸事情とを考慮すると、喜一郎の右過失が事故発生に寄与した割合は大体八割と見るのが相当である(かように見ることは、被告竹沢の過失を定めるにつき必要な具体的状況の存否の認定を不能としたことと矛盾するものではない)。(倉田卓次 荒井真治 原田和徳)